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「十五 十六 十七と 私の人生暗かった」と歌ったのは 往年の人気演歌歌手で、 現在の人気歌手宇多田ヒカルのお母さん藤圭子。 私のよく聞く、NHKのラジオ深夜便、朝3時からは「にっぽんの歌、こころの歌」で、 今朝は「昭和45年のはやり歌」が放送されました。 昭和45年の頃、私は某官庁勤めで37歳、中央で予算編成に携わっていたので 毎日の激務で、深夜までの残業や徹夜は日常茶飯事。 深夜の職場で流れるつけっぱなしのラジオから、この歌が流れるたびに 同年輩の同僚たちとともにヤケクソで替え歌を歌ったものでした。 圭子の夢は夜開く 石坂まさと作詞 曽根幸明作曲 全6番のうち2番の替え歌 三十五 三十六 三十七と 私の人生 暗かった いまはどんなに 暗くとも 夢は夜ひらく 原詞は「十五 十六 十七と/ 私の人生 暗かった/ 過去はどんなに 暗くとも/ 夢は夜ひらく」というものでしたが。 今朝これを聞いて、うとうとのラジオからはっきり覚醒し、 当時のことを何かと思いだした事でした。 話はずれますが、この歌は当時、演歌の域を超えた怨歌だ、 なんて五木寛之などに絶賛されていたものです。 ちなみに藤圭子の歌碑は、新宿に二か所あって、 西向天神社に最初の頃のヒット曲「新宿の女」のものが、 そして花園神社内の芸能浅間神社に「圭子の夢は夜ひらく」があるそうです。 また曲名に「圭子の・・・」と冠つきなのは、以前に園まりが、 同じ曲で詞が異なるものを「夢は夜ひらく」として出しているからですが 園まりが繊細に切々と歌うのも、なかなか雰囲気がありましたよ。 |
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